銀盤にてのコーカサスレース?
         〜789女子高生シリーズ

 


       




この冬のとんでもない豪雪&気まぐれ極まりなかったお日和のせいで、
二年生には毎年恒例、
宿泊スキー合宿がその実施を見合わせとなった本年度。
それでもって体育教科の単位としているから…ということのみならず、
ともすれば修学旅行レベルの行事、
今年度の二年生だけ何にも無しというのは
ひどく残念なことではなかろうか。
それによって思い出が一つ、
欠落してしまうのは不公平ではなかろうかと。
先生方や父兄の間で話し合いが持たれた結果、

 「同じウィンタースポーツの中から、
  スケート教室の開催、ですか。」

車窓の向こうを流れゆく町並みを眺めつつ、
どこか“あ〜あ”という口調になったひなげしさんで。
窓から差し入る暖かな陽を浴びて、
手入れの行き届いた赤毛を、甘い色合いに照らし出されておいでの、
それは愛らしいお顔をずんと不貞させているばかりのお友達へ、

 「まあまあ、ヘイさん。」

そうまで怒らないでと、同じ大窓を共有しておいでの後ろのお席から、
そちら様はつややかな金絲の髪を光らせて、
白百合さんが苦笑混じりに声を掛けて来るわ。
すぐのお隣りからは、

 「………。(頷、頷)」

紅バラさんが身を前へ倒してまでして、
こちらを案じるように深々と覗き込んでくるわとあって。

 「あ、ああいや。
  あのその……今更なこと言ってごめんなさい。」

せっかくのお出掛けなのに、
その出端から水差してちゃあいけませんわよねと。
彼女らのいる方へ向き直り、たははと目尻を下げもって、
心配しないで大丈夫ですよとの笑みを、平八があらためての見せたほど。


  ………というわけで、
  いつぞやにひなげしさんが“憂鬱だ〜”とぶうたれていた、
  スケート教室の“初日”だったりするのでございます。


高校生なのだから“現地集合”としてもよかったが、
生え抜きのお嬢様ぞろいという学園なため、
学校までは一人で通えても、
土地勘のないところへいきなりいらっしゃいとされては、
不安から戸惑うお人もいるやもしれぬ。
はたまた、
明るいうちとはいえ繁雑な繁華街を通る遠出なぞ以っての外だと、
お家の方々が大層心配したその末に、
お手持ちの車で送り届けるという事態が重ならぬとも限らない…とのことで。
要らぬ混乱を避けるべく、一旦 学園へ登校してののち、
観光仕様だろう随分とデラックスな、
エグゼクティブバスを仕立てての現地への出発と相成った。

  「それにしても“2日”も設けられていようとは。」
  「だって宿泊スキー合宿の代替ですもの。」

何も国際競技に出られる水準まで育成しようってことじゃないにせよ、
それなりの基本くらいは身につけてほしいんじゃないのかなと。
先生方の思惑や主旨とやら、推量して差し上げてから、

 「それと。五輪やA選抜レベルの選手の皆様じゃないからには、
  こっちだって そうそうてきぱきと動ける身でもありませんしね。」

たった1日、それも数時間ほどリンクに立ったくらいでは、
レッスンを受けたと胸張って言えるほど、
何かが身につきゃあしませんでしょうよと。
後ろ座席から窓側の隙間越し、
こしょこしょと囁いた七郎次の結構辛辣な言いようが、
そちらさまにも十分聞こえたか、

 「…、…、…。(頷、頷)」

平八の傍らで金の綿毛を揺らし、
さもありなんと、久蔵お嬢様までもが しっかと頷いて見せる始末。

 “まあ、久蔵殿はバレエをこつこつと身につけたお人ですものね。”

天賦の才もあってのこと、
あっと言う間に上級者になられたらしいが、それでも。
右も左も判らぬほど勝手が判らない初心者は、
ちゃっちゃとなんて動けないことくらい、
毎年新入生という後輩を迎えておれば手ごたえで判るらしく。

 「第一。
  ヘイさんてば、こないだゴロさんから
  みっちりと特訓してもらったんでしょうに。」

 「みっちりなんて…語弊がありますよぉ。////////」

途端に“や〜んvv”と、
両手でふわふかな頬を包んで恥じらうヲトメっぷりには、
微妙に演技の色も見えたものの、

 “惚気たくせに…。”

それも、事ある毎にというノリで、
寒いと言えば、手套と言えば、お弁当と言えばと、
次から次、ヘイハチから引き合いに出されていた五郎兵衛殿は、
この1週間ほど、さぞかしクシャミが止まらなんだことだろて、と。
他でもない久蔵が、口許を苦笑でかすかにたわめつつ、
そうと思ったほどなのだから…推して知るべし。

 「逆に言えば、
  たった2日とはいえ、貸し切り状態ですべるのですから、
  皆して上達すること請け合いかもですね。」

暖房の利いた車内だということと、
手荷物を減らし、且つ、
途中でリンクの外へと抜け出しにくいよにとの観点から。
お嬢様たちは全員、学校で冬服の体操着に着替えておいで。
インナーを兼ねた体操着の上へ、
本年度二年生の色、紺色をアクセントにしたジャージの上下を着、
その上へウィンドブレーカ風の、
スポーツ用コートを羽織るという姿で統一されていて。
洗練されたデザインのそれなので、決して見苦しくはないけれど。
この格好でふらふらと歩いておれば、
何かの行事途中というのがありあり判るという仕立てであり。
そういう格好でのやんわりした拘束を受けつつ、
スケート漬けとなる2日間がいよいよはじまったワケであり。

 「上達出来たら、ゴロさんや兵庫せんせえも誘っての、
  皆で遊びに行きましょうね。」

わくわくと楽しげな声となった七郎次だったのへ、
それへの異存はないと来て、

 「それは楽しみですね。」
 「…、…、…。(頷、頷)」

即答でのお返事返したお友達二人だったのは、
言うまでもなかったのであった。





       ◇



彼女ら屈託のない女学園生たちが、多数一挙に集いての、
2日掛かりのスケート教室にと借り上げたのは。
他にもスポーツ関係施設の集まった、
快速の停まるJR駅にも程近い、市街地の只中にあるスポーツ会館で。
上階にはジャグジーもついた会員制のジムもあり、
リンクはリンクで、
有名どころのフィギュア選手が、
レッスンのホームグラウンドにしているほどと、
その筋では結構知られている、立派な施設だったため、

 「ここを貸し切りにしちゃいますか。」
 「それにしては、エントランスの周辺に結構な人出がありましたが。」

張り紙してはあったけれど、
知らずに来てしまった人が多いのでしょうかという方向で、
そうまで人気のあるスケートリンクなのですねと、単純に感心していた七郎次へは、

 「…目当ては俺たちかも。」

ぼそりと久蔵お嬢様が小さな声で一言を付け足す。
え?と目を見張った七郎次だったのへ、
逆の反対側、スリムなロッカーへ手荷物を収めていた平八が、

 「鋭いですね、久蔵殿。」

ちょっぴり身を屈めての、
二人の注意を引くような小声になってそうと言い、

 「これだけの数の、
  しかもいかにもお嬢様風のが大挙して来たんですもの。」

どこぞかのお国の美女応援団みたいなもので、
どっから情報を得るのやら、
ウチの校外行事を余さず追っかけしている人たちもいるそうですからねと。
聞きようによっちゃあ結構恐ろしい話を、
こそりと耳打ちするひなげしさんだったりしたもんだから。

 「な…それってホントですか?」
 「よくある話だ。」
 「きゅ、久蔵殿?」
 「A○B48と同世代ですよ?
  しかもこうまでメンテのゆき届いた美少女ばかり。」
 「ヘイさん?」

左右から交互という時間差“口撃”に、
ただただ眸を白黒、
もとえ青白させるばかりな白百合さんだったりして。
ちょっぴり興奮してか、
周囲のクラスメートたちは揃って、
それぞれの雑談に気もそぞろだったので。
意識して大声を張り上げでもせぬ限り、
直接の話相手以外の会話はなかなか耳までは届かぬもの。
それに、その辺りは“経験”から心得もあってのこと、
場に溶け込ませて空耳レベルに押さえるという、
そんな声の遣いようも思い出してた“練達”揃いなものだから。
ちょみっと穏やかではない話題を取り沙汰していても、
聞きとがめられる恐れは……

 「  ……、と。」

ちょいとストップ、という意味か。
ロッカーへ荷物を置くだけ、
入ったそのまま、大して停まらず、ほぼ通過のノリで、
あっさりと出て来た更衣室前。
こちらをちらちらと見やってたお嬢さんに気づいたひなげしさんが、
わざわざ二人のお友達の前へと回り込み、
彼女らへだけ目線をちらりと動かして見せれば、

 「……。(頷)」×2

視線だけで頷いて見せる息の合いようがまた、なかなかのもの。

 「聞こえちゃいないと思いますが。」

それでも一応、警戒した方がいいとの、
打ち合わせは無しながらこんな示し合わせが出来るのも。
彼女らが場を読むコツを心得ているのとそれから、

 『ちょっとばかり、
  気をつけたほうがいい お人がおいでなようですよ。』

おっとりした鷹揚なお嬢様が大半を占めている中、
それでも年度によってはごくごく少数ほど、
なかなかの揮発性にて尖んがってる顔触れもいなくはなくて。

 『ああ、右京寺さんですね。』

以前にも、取り巻きのお友達を前にして、

 様づけされて いい気になっておいでだけれど、
 お家の格はといえば、
 今となっては落ちぶれた身分の華族とやらの、
 それも随分と末席のお家柄と、
 もうお一人に至っては、
 ただの成り上がり、成金長者の娘じゃありませんかと。

 「あらまあ…。」
 「………。」

そこまで露骨な言いようを、
具体的に訊いたことは さすがになかったものか。
陰口とはいえ“口撃”受けた格好のご当人二人、
唖然としたか微妙にお口を薄く開け、
二の句が告げぬというお顔をなさった…かと思いきや。

 「ヘイさんたら、どこでそういう話を聞いてくるんでしょうか。」
 「…、…。(頷、頷)」
 「感心したのはそっちへですか、お二人とも。」

まま何とはなく予想はありましたがと、
平八もまた、さほどに憤慨はしなかったこと匂わせる、
あっさりとしたリアクションを見せたりして。
もっと怒るべきですとか、失敬じゃないですかとの心情からの、
怒り心頭という様相ではないのは。
彼女もまた、その話を小耳に挟んだおり、
されど、苦笑を浮かべた程度で済ませたからで。

 「思わぬところで意外な評を受けるのは、
  今に始まったことじゃありませんもの。」

お顔や姿という見かけの麗しさを、
いづれが春蘭秋菊かと持て囃されているばかりじゃない。
どんな事態に出食わそうと、慌てふためくことはなく、
あらあらとおっとり、されどてきぱきと応対してしまわれるか。
はたまた、小首を傾げるばかりで、
だったらどうしたらいいのかしらねと問うように、
無垢な眼差しでじっとじっと見つめ返して来るよな、
鷹揚おおらかな彼女らなものだから。

  眸を吊り上げて怒っているとか、
  誰かを悪しざまに罵っていたとかいう、
  負の印象を振り撒く話は、嘘ごとでも聞かれないほどに。

決して激発しないところを、
おっとりしたお嬢様にすぎないよう、思われているのかもしれないが。

 「誰彼かまわず引っ掻いてやりたいと思うよな、
  虫の居所が悪いときというものは、誰にでもありますからねぇ。」

風貌のかわいさと裏腹な、変わった名前や髪の色のせいで、
中傷や陰口には、自慢じゃないがずっと小さいころから慣れているし。
後に長じてからそんな行為を恥じたとしても、
それを恥じてのことだろう、真っ直ぐ謝る子もいれば、
引け目に感じてか、怯えたようにこそこそしている子もいるしと、
そんな形で覚えてしまった“人の機微”もあるくらい。

  それと…彼女らには、
  人とは違う“記憶”という持ち合わせもあるものだから。

四方八方、冗談抜きの360度全ての方向に、何もない中空へ、
その身ひとつで躍り出してっての刀を振るい、
自分が死にたくないならという、命のやり取りをしたことがあるの、
まざまざと思い出してしまったからには。

  視界がぐるんと反転し、
  何とか把握できていた“上下”を見失ったが最後、
  それまでは欠片も感じなかった重力による支配が、
  否応無くという強引さで、こちらの手足を搦め捕る。
  肺臓ごと凍ったかのよに、
  胸の奥が すうっと凍りつき、
  自分の意志に関係なく、死という言の葉が去来する。
  遥か遠い大地へ着く前に、
  落下時に風抵抗でこそがれて、
  全身がばらばらに引き裂かれることもあるという。
  途中で意識を失ってるうち、
  敵の銃撃で仕留められるのが、むしろ最も楽な死にようかもと。
  依然と生き残ってる身の先輩が、
  訳知り顔で言ってたのを思い出し。

 『一向に恐慌状態にならぬ自分に呆れておれば、
  このたわけがと一喝しつつ、
  慣れぬことだろに斬艦刀を操って、
  勘兵衛様が受け止めに来てくれたことが幾度かありました。』

 『…シチさん、そこで“キャッvv”とか言ってお顔を覆わない。』
 『〜〜〜。///////』
 『久蔵殿もあるんですか? 同じ経験vv』

  おいおい…。
(苦笑)

そんな経験を、ザルで掬ってもたいがいな量になるくらいの沢山、
これでもかと浴びて来た身だったこと、思い出してしまったからには。
十代半ばの、しかも世間も狭い小娘が、
きゃんきゃんと騒いだり、こそこそ毒づいたりする程度の攻撃なんぞ、
聞こえたとしたって特には胸にも響かぬというところかと。

 それと、

 『そういう余計なことを言っていたものだから。
  さっそくにもお父様が、
  理事を務めていらっしゃる 某商工関係の理事会で、
  明け透けに皮肉や厭味を言われまくりになられた挙句。
  恥をかかせおってとばかり、
  彼女自身もたんと押しおき食うたと聞いておりますが。』

そんな後日談までも、
どうやって収集してしまえるものなやら。

  …………つか、

 『まさか、ヘイさん。』
 『〜〜〜。(………。)』

 『久蔵殿までどういう顔してますか、それ。』

その商工会関係の理事会云々へ介入してみたんじゃないかという、
無言のままながら疑惑の眼差し向けられて。

 『わたしのような小娘が、
  どんな手使って風評を流したところで知れてます。』

  ……微妙に否定はしていない部分があるのが、
  十分おっかないぞ、ひなげしさん。
(苦笑)

そうこうするうち、
更衣室や喫茶コーナー、案内所などというアリーナ外の施設から、
リンクへ接したギャラリースペースという、
天井も高くてずんと開けたところへ出た皆様がたであり。

  「さあ、まずは靴を借りますよ。
   クラス別に並んでください。」

楽しいスケート教室、やっとのこと開幕なようでございます。








BACK/NEXT


  *すぐに続かなかったその上、前振りが長くてすいません。


戻る